「少し休みたい」
そう思ったとき、あなたはどう思いますか?
「疲れているから、少し休もう」
そう思えますか?
それとも、
「まだ家事が残っている」
「子どものことをしなくちゃ」
「これくらいで休んではいけない」
と、自分を動かしてしまうのでしょうか。
私は以前、疲れていても休むことができません
でした。
看護師として働きながら子育てをしていた頃は、
特にそうでした。
夜勤明けで帰ってきても、
「子どもとの時間を作らなきゃ」
「家族のためにご飯を作らなきゃ」
と思っていました。
本当は横になりたかった。
少し眠りたかった。
何も考えずに休みたかった。
それなのに、休むことに罪悪感がありました。
そして、休めないまま頑張り続け、余裕が
なくなると子どもに強く言ってしまう。
その後に、
「もっと優しい母親でいたかった」
「どうして私はこんなことを言ってしまった
んだろう」
と、自分を責めていました。
今振り返ると、私は疲れていたことよりも、「休
んではいけない」と思い込んでいたことのほうが
苦しかったのだと思います。
この記事では、看護師として働きながら子育てを
してきた私自身の経験をもとに、
●なぜ疲れていても休めなかったのか
●休むことに罪悪感を持ってしまう理由
●「できないこと」ばかり見ていた私が変わった
きっかけ
●頑張りすぎる人が、自分を休ませるためにで
きること
について書いていきます。
もし今、
「疲れているのに休めない」
と感じているなら、少しだけ立ち止まって読んで
みてください。
看護師ママが疲れても休めない3つの理由
看護師の仕事は、患者さんの命や生活に関わる
責任の大きな仕事です。
勤務中は常に気を張り、周囲を見ながら
動かなければなりません。
そして仕事が終わって家に帰れば、今度は母親と
しての役割があります。
子どものこと、家事、食事、洗濯。
仕事が終わったからといって、一日が終わるわけ
ではありません。
だからこそ、看護師ママは「疲れているけれど
休めない」という状態になりやすいのではない
でしょうか。
私自身も、そんな毎日を過ごしていました。
①「私がやらなきゃ」と思ってしまう
仕事でも家事でも、
「私がやらなきゃ」
と思っていませんか?
職場では、
「患者さんのために」
「周りに迷惑をかけないように」
と頑張る。
家に帰れば、
「子どものために」
「家族のために」
と頑張る。
気がつけば、自分のことは後回し。
私も以前は、夜勤明けで体は疲れているのに、家
に帰れば家族のことを優先していました。
夜勤明けだからつかれている。
そんなことは自分でも分かっています。
それでも、
「夜勤明けだからやすもう」
とは思えませんでした。
休むことより、やらなければならないことを
終わらせることを優先していたのです。
②休むことに罪悪感を覚えてしまう
「ちょっと休みたい」
と思っても、
「こんなことで休むんでいいのかな」
という気持ちが出てくる。
そんなことはありませんか?
私は、休むことに罪悪感を感じることが
ありました。
家族が動いているのに、自分だけ横になる。
家事が残っているのに、自分だけ休む。
すると、
「まだすることがあるのに」
と、自分を責めてしまうのです。

「夜勤明けだから疲れている」なんて、言い訳
をしてはいけない
以前の私は、そんなふうに思っていました。
でも今考えると、夜勤を終えた体が疲れている
のは当たり前のことです。
それなのに私は、疲れている自分にまで「もっと
頑張れ」と言っていたのです。
③「もっとがんばらなきゃ」と自分に厳しくしてしまう
頑張り屋さんほど、
「まだ足りない」
と思ってしまうことがあります。
仕事を頑張っても、
「もっとできたはず」
家事をしても、
「もっときれいにできたはず」
子どもの過ごしても、
「もっと優しく接したかった」
そんなふうに、自分に合格を出せない。
私も、できたことよりできなかったことに目を
向けることが多くありました。
休むことは「怠け」だと思っていた
私は以前、休むことを「怠けること」のように
感じていました。
子どもが小さい頃、夜勤明けでも子どもとの時間
を作ろうとしていました。
一緒に出掛けたり、笑顔で接したり。
本当は、子どもとの時間を大切にしたかった
のです。
でも、体は疲れている。
眠い。
横になりたい。
それでも、
「母親なんだから」
と頑張ってきました。
朝起きてお弁当を作る。
子どもの送り迎えをする。
ご飯を作る。
洗濯をする。
家族のために動く。
振り返ってみると、私は毎日ちゃんと頑張って
いました。
それなのに、
「もっとできたはず」
と自分に求めていたのです。
理想の母親になれない自分が嫌だった
私には、
「こんな母親になりたい」
という理想がありました。
子どもにいつも優しくする。
笑顔で話を聞く。
子どものとの時間を大切にする。
家事もきちんとする。
仕事も責任をもってする。
でも、現実はそんなに簡単ではありません。
体が疲れていれば、心にも余裕がなくなります。
余裕がなくなると、子どもに強く言ってしまう
こともありました。
その後に残るのは、
「子どもに申し訳なかった」
という気持ち。
そして、
「もっと優しい母親でいたかった」
という後悔でした。
でも、今なら分かります。
優しい母親でいたいと思うことと、自分を
休ませることは矛盾しない。
むしろ、自分に余裕がなければ、家族にも余裕を
持って接することは難しいのだと思います。
私は「できないこと」ばかり見ていた
私は昔から、できたことよりも、できなかった
ことに目が向きやすかった気がします。
頑張ったことより、
「もっとできたはず」
と思ってしまう。
朝起きてお弁当を作った。
子どもを送り出。
仕事にいった。
帰ってきてご飯を作った。
洗濯もした。
家族のために一日動いた。
それなのに、
「今日は何もできなかった」
と思ってしまう。
でも、よく考えてみれば、何もしていないわけ
ではありません。
むしろ、たくさんのことをしていました。
ただ、自分がやったことを「できたこと」として
数えていなかったのです。

「今日も何もできなかった。」ではなく、「今日も
よく頑張った」
そう思えるようになるだけでも、少し心が軽く
なるのではないでしょうか。
休むことは自分を大切にすることだった
そんな部分ばかり見ていました。
でも、ある時子どもに
「できなかったこともあるけど、
できたこともあるよ」
と言われ、はっとそこで気づきました。
休むことは、自分を大切にするとだった
最近、私は眠くて横になることがあります。
以前の私なら、
「時間を無駄にした」
「何もできていない」
と思ってたと思います。
でも今は、
「体が疲れていたんだな」
と思えるようになりました。
今日も、午前中と午後に少し寝て
しまいました。
昔の私なら、きっと罪悪感でいっぱいだった
と思います。
でも、振り返ってみると、
朝起きてお弁当を作る。
子供を送り迎えする。
ご飯を作る。
洗濯をする。
家族のために動いていました。
ただ、疲れていただけでした。
頑張っている人ほど、自分を認めることが苦手なのかもしれない
看護師として働いている人。
子育てを頑張っている人。
家族を優先している人。
責任感が強い人ほど、
「もっと頑張らなきゃ」
「私がやらなきゃ」
と思ってしまうことがあります。
でも、
休むことは怠けではありません。
頑張り続けるために必要な時間です。
まとめ/頑張っている自分にも目を向けて
私も以前は、疲れて横になりたい自分を
「怠けている」と思っていました。
でも振り返ると、怠けていたのではなく、
毎日頑張っていたから体が休みを求めていた
だけでした。
もし今、
「私は何もできていない」
と思っている看護師さんがいたら、一度だけ
振り返ってみてください。
今日できなかったことではなく、
今日できたこと。
誰かのためにしたこと。
小さなことでも、きっとあります。
完璧な看護師、完璧な母親にならなくても
いい。
頑張っている自分を認めることも、
これから長く働き続けるために大切なことだと
思います。
この「ナースの止まり木」が、疲れた看護
師さんが少しでも肩の力が抜ける場所に
なれたら嬉しいです。
⁂あわせて読みたい
「なんで私ばかり頑張っているんだろう。」
そんな気持ちを抱えてしまうのは、決して
あなただけではありません。
私自身も、頑張り続けるうちに心が苦しく
なっていました。




コメント